2010年2月23日火曜日

山口小夜子







1972年、パリコレクションに初めて採用されたアジア系モデル、「世界のトップモデル6人」にアジアで初めて選ばれたそうな。
ヨーロッパでは一大ブームとなり山口小夜子そっくりの「SAYOKOマネキン」が発売されたほどだったとか。
日本の美を体現するのって難しいことだと思うな、「秘すれば華」とは言うけれど自分が華であればあるほどる目立ちたくなるもの。
日本人が思う以上に日本は美しいのかもしれないな。日本人にしか出来ない日本独自の日本美、憧れる。




2010年2月13日土曜日

このバナナの何処がいいの?(The Velvet Underground & Nico/The Velvet Underground)



このバナナの何処がいいの?

The Velvet UndergroundのThe Velvet Underground & Nico
もう説明するする必要のないくらいこのアルバムは有名ですね。
今回はロック名盤100選に必ず彼らの名前が挙がるのはなぜか、ということについて生意気にも説明しようと思います。

The Velvet Undergroundとムーブメント

このアルバムが発売された1967年といえば正にヒッピー・ムーブメントの全盛期であったわけです、皆さんサイケ・ロック、ドラッグ・カルチャー、ラブ&ピースにどっぷりだった言ってみれば極彩色の時代に彼らはこんなに暗く退廃的なロックをやってのけたのです。彼らはヒッピー・ムーブメントに対してもドラッグ・カルチャーに対しても手放しで賛美することなく、片足突っ込みながらもむしろ冷やかにそれらの暗部を見つめ音楽として昇華したのです、そのスタンスが彼らの音楽の前衛性なのでしょう。




68年には2ndアルバムとなる「White Light/White Heat」を発表しましたがこのアルバムのジャケットは見てのとおり真黒です。今では珍しくない(むしろスタンダードとすら思える)真黒なジャケットですがサイケ極彩色時代にこういうセンスを持ったロックバンドはいなかったでしょう。グランジに代表される様なロックの退廃的なイメージ(または音楽)はこのアルバムで既に体現されていると言っても過言ではありません。このお祭り騒ぎの極彩色時代が終焉を迎えるのを待つこともなくThe Velvet Undergroundのメンバーは散り散りになって行きますが、彼らがアルバムの中で表現したドラッグ・カルチャーの(または人間の)暗部は、もしくは退廃的な音楽は、皮肉にもヒッピー・ムーブメントに代表される極彩色時代が退廃していくにしたがって真実味を増していったのです。

「Heroin」
俺がどこへ向かってるかって事さえ、俺はわかっちゃいない
でも王国を築きたいんだ, 出来ることなら
だってそいつは俺を男にしてくれる
俺の静脈にそいつを打ち込んだら
それで物事は全て同じじゃなくなるんだから
俺の流れを駆け上がってる時
そしたら俺は本当にキリストの息子になった気分さ
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ

俺は大きな決断をしなきゃいけない
俺の人生を取り戻すつもりなんだ
だって血が流れ始めたら
そいつを首に落とし込んだら
俺が死に近づいた時
そしたらあんたは俺を助けるなんて出来ない
素敵な会話を交わしてる可愛い女の子達もみんな
どこかに散歩にでもいっちまえばいい
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ

1000年前に産まれたんだったらよかったのに
暗い海を航海できたらよかったのに
どでかい快速帆船に乗るんだ
この場所から出発するんだ
水兵服と帽子を被ってさ
このでかい街から逃げ出すのさ
自由の無いこの場所から
悪意に満ちたこの街のすべてから
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ

ヘロイン,そいつが俺に死を与える
ヘロイン,それは俺のワイフ、俺の人生
太い静脈から、俺の頭の真ん中に行き着いたら
その後すぐ気分がよくなって死んじまうのさ
だってヘロインが流れ始めたら
俺は本当にこれ以上どうでもいいんだ
全てのこの街のJim-Jim'についてだって
政治家達が立てる狂った騒音についてだって
みんなが口出ししてこようが、みんな倒れていようが
それに死体がそこらへんで山を築いていたって

だってヘロインが流れ始めたら
俺は本当にこれ以上どうでもいいんだ
ああ、ヘロインが俺の血の中にはいれば
そしてその血が俺の頭にとどいたら
ありがとう神様、俺は死んでるも同じ事だ
ありがとう神様、 俺には意識が無い
ありがとう神様、俺は本当に気にならない
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ
それで本当のとこ、おれは多分なんにもわかっちゃいないんだ






ノイズ・ミュージックとミニマル・ミュージック

ノイズを意識的に音楽に取り入れたのもThe Velvet Undergroundの大きな特色のひとつです。今ではノイジーなロックと言えば珍しくも何ともないのですが、1967.68年にこれをやってのけたバンドはいないでしょう。そもそもノイズミュージックは未来派の芸術家ルイジ・ルッソロによって1913年に提唱されたわけですが、White Light/White HeatのSister Rayという曲は正に未来派宣言の有名な一節「……機銃掃射をも圧倒するかのように咆哮する自動車は、《サモトラケのニケ》よりも美しい。……」を体現したような一曲です。
また、The Velvet Undergroundの音楽の特徴として現代音楽におけるミニマルミュージックのような反復の方法論をKraftwerkよりも早くポピュラーミュージックに取り入れたという点も欠かせません。つまり、彼らはKraftwerkより数年早くテクノやパンクの原型をかなり高い完成度でポピュラーミュージックとして成立させていたと言えるのです。
ノイジーなサウンドとミニマルな曲展開、そして彼らの退廃的な世界観、全てがその時代ではアヴァンギャルドでした、それらを実験音楽にとどめることなくポピュラーミュージックであるロックとして奇跡的に成功させていることがThe Velvet Undergroundの凄さであり、その音楽が数年後数十年後にロックのひとつのスタンダードになっていったことはThe Velvet Undergroundが本当の意味で前衛的であったことを証明しているのです。




とまあ、生真面目に書いてみましたけど個人的にそこまでThe Velvet Undergroundが大好きと言うことはありません、好き嫌いは結局理屈抜きなんだよね。でも聞いて損はないしTUTAYAにも置いてあると思うので是非。

2010年2月6日土曜日

At The Mountains Of Madness/ Electric Masada



変態前衛音楽家John Zorn率いるElectric Masadaのライブ演奏をおさめたアルバム「At The Mountains Of Madness」。Electric Masadaとは、同じくJohn Zorn率いるMasada(アラブ音楽を取り入れた音楽活動)の電子楽器による強化版と考えて大きな間違いはないだろう。

世の中なんでもスマートに済ませようとし過ぎだと思うんだよね。なんでもかんでも「Simple is Best」とか「Less is More(より少ないことはより豊かなことだ」では面白くない。その点このアルバム「At The Mountains Of Madness」は徹底的に「More is More(より多いことはより豊かなことだ)」だから面白い。でも、John Zornを初めて聴くひとにはNaked Cityの方がお勧めかな。



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音楽・美術・デザイン・建築などが好きな地味な大学生です。

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